2007年セイコープレシジョンは、ビルに関するあらゆるサービスを取り扱う三菱電機ビルテクノサービス株式会社に「SEIKO Cyber Time 時刻認証サービス(タイムスタンプ)」の提供を開始。当時セイコープレシジョンだけが行っていた定額の時刻認証サービスを選択した三菱電機ビルテクノサービスは、タイムスタンプの持つ10年間という有効期限によって建設業法、下請法、法人税法などの法律に適合した電子取引をスタートさせることに成功。その経緯を三菱電機ビルテクノサービス資材部の西村好紀氏をはじめとするプロジェクト関係者たちに聞いた。 ※社名および記載されている内容は、取材当時のものです。
- 三菱電機ビルテクノサービスが電子取引を導入しようと思った理由は。
当社は昇降機と空調設備のメンテナンスを皮切りに業容を拡大し、現在では「ビルを、まるごと、心地よくする」をキャッチフレーズに、さまざまなビル設備の販売、据付、メンテナンス、修理、リニューアルなど、お客様のビルに関するソリューションに幅広くお応えできる企業に成長してきました。
この業容を拡大する中で、建設法、下請法その他コンプライアンス面で対応すべき業務も増え、書面交付義務の遵守(*注1)にかなり大きなマンパワーを必要としてきました。
現在では年間数万件の書面交付が必要となり、発注の集中する3月などは段ボールで注文書を発送するという事態になっていました。そこで、2001年4月のIT書面一括法(*注2)を受け、取引先との紙による書面交付を電子取引に切り替えることにしました。なにしろ年間数万もの案件の取引があり、 1年分ともなると発注の書類だけで、段ボール何箱になるか想像もできません。紙を印刷したり、押印したり、発送したり、保管したり、閲覧できるようにしたりする手間を簡略化したかった。これが電子取引に着目した最たる理由です。
- そもそも電子取引というものをいつ頃知ったのですか。
2000年4月の日経BP社セキュリティ・ソリューション・フォーラムで政府が電子取引の基盤整備(後日小泉元首相が打ち出したe-Japan戦略の一部)に向けて動いていることを知り、これは当社の取引に使えるなと思いました。まだ電子署名法(*注3)が施行される前の話です。
電子取引を取り入れる前は、月末になると翌月分の数万件の注文データをシステムに登録し、そして紙の注文書をプリントアウト。さらにプリントアウトされた山のような注文書に延々と印鑑を押す作業が続いていました(あまりにも紙が多くて腱鞘炎になった人もいたようです)。最後に印鑑を押した注文書を袋詰めして郵送に回していました。
もちろんこれは下請法、建設業法で定められた書面交付義務を果たすために大切な仕事ですが、利益を生み出さない注文書への印鑑押しと紙の郵送を無くすだけでかなり効率化が図れ、その分もっと別の仕事に注力できると考えたわけです。
- なぜセイコープレシジョンの「タイムスタンプ」サービスを選んだのですか。
「セイコー」という時の先駆者としてのブランドネームもありましたが、当時、定額ライセンスサービスがあったのはセイコープレシジョンだけだった。とにかく当社は案件が多かったため、いろいろなものに使えると考えたわけです。
今後、知財関係、内部統制などにも電子認証を使うことになると、定額制サービスのメリットはますます増大するでしょう。
*注1 下請法では、口頭発注のトラブルを防ぐため書面の交付が義務付けられています。
*注2 2001年4月施行「IT書面一括法」により、従来は書面が必要だと定められていた法律が改正され、電子的手段による書面交付や手続きが許されるようになりました。
*注3 2001年4月施行「電子署名法」により、一定の電子署名をされた電子的文書は、手書き署名や押印をされた文書と同程度の法的効力を持つようになりました。
- 取引の電子化へ実際に動き始めたのはいつごろですか。
業務内容の変移もあって、社内で既存の発注システムの使い勝手が悪いという意見が出てきました。そこで、2002年に外部取引先への発注システムを見直そうという計画が立ち上ったのです。これを好機にペーパーレスを目的とした電子取引の仕組みを一気に導入しました。
- 導入時の問題はありましたか。
そもそも電子取引では「誰が」「いつ」作った書類かを法的に証明しなければいけません。現在、三菱電機ビルテクノサービスでは、「誰が」という証明をジャパンネットが取り扱う電子認証サービス(電子署名)で、「いつ」という証明をセイコープレシジョンのタイムスタンプを使って行っています。
ただ、2005年の時点では大きな課題がありました。法人税法施行規則第59条では7年間有効の書類が必要(*注4)だったのに対し、電子署名の有効期限は2年間(1年間のものもある)だったのです。これでは、e-文書法(*注5)に適合した書類として残す事ができません。そして当時タイムスタンプによる電子署名期間延長ソリューションは開発段階で、あまり参考になる情報もありませんでした。また、国税庁からの電子帳票(電磁的記録)の閲覧方法(*注6)については法解釈がはっきりしない部分がありました(現在は、通達等により明確になってきました)。
そこで、そのうちに法人税法施行規則で定められた7年という期間に対応するソリューションが出てくるであろうと見越して、とりあえず2年間有効な電子署名による電子取引を進めました。これが2005年10月のことです。
そして、2007年5月にタイムスタンプを導入しました。このタイムスタンプによって数万件におよぶ注文書、請書、取引先からの作業完了報告、支払通知書に押された電子署名が、タイムスタンプを押した時点において確かに有効な電子署名であった事が、e-文書法で担保できました。しかも、タイムスタンプの有効期間は10年。法人税法施行規則を完全にクリアできます。
ただ、電子取引を開始してからタイムスタンプを導入するまでの間に作成された、2年分の書類すべての有効期間内にタイムスタンプを押す作業は本当にギリギリでした。その業務を完遂したのは2007年の期限まであと2カ月というところだったのです。
電子取引にはいろいろな法律が絡んできます。電子署名とタイムスタンプを併用することにより、誰が署名した、いつ存在したという証明が可能になり、法律もクリアできた。これにより、100%のペーパーレスが可能になったわけです。
*注4 記録法人税法施工規則第59条で、7年間記録を残す義務があります。
*注5 2005年4月施行「e-文書法」により、保存が義務付けられている書類/帳票の電子データによる保存、閲覧が認められました。
*注6 1998年7月施行「電子帳簿保存法」では、帳票発生の段階から一貫してITを使用して作成すれば、各種帳簿を電子データとして保存することが許可されています。
- 取引先に電子化を推し進めるにあたって問題はありましたか。
当時の問題は「誰も知らない」ことに尽きます。電子署名法(2001年施行)が出たばかりの時期で、どこの会社もまだ導入していないという状況。とにかく説明が大変だった。誰も知らないし、これまでの紙の文化が強く残っている。悩みましたが、当社の業務の膨大さとそれを減らせる大きなメリットを考えて、なんとしても電子化したかった。
法的にも、取引先に電子取引の強制はできません。説明用にパワーポイントなどの資料を作って、取引先に説明しました。「今まで紙でやっていたことを、すべてインターネットでやりませんか?」という提案です。
とにかく、どの会社でも初めて聞く人がほとんど。実務的にどんなことが起こるかということを具体的に丁寧に説明しました。
電子取引を啓蒙するにあたって、われわれが使ったキーワードは、以下の通りです。
1 書類の受け取り、発送が不要です。
当社から来る山のような注文書を受け取り、請求書を山のように返していた業務が簡便になります。インターネットなので、発送費も不要になります。
2 印紙代が不要です。
印紙税法では、電子取引において印紙税が免除されているので、節税になります。
3 取引記録の保管スペースが不要です。
税務上、保管の必要がある取引関係の書類は、タイムスタンプを押された状態で当社のサーバに保管・公開されます(*注7)。税務書類は「ディスプレイ上に表示されて検索ができる」ことが条件だから、どこのサーバにあっても良いわけです。ファイリングの手間や書類を置くスペースも不要だし、検索も楽になります。
*注7 三菱電機ビルテクノサービスが作業完了後7年間保管しています。
4 発注・検収のデータをエクセルデータで提供します。
これは当社で付けたツールなのですが、ブラウザを使って入力してもらった取引データをエクセルデータとして書き出せる仕組みを作りました。取引実績の記録や経営資料作成の助けになります。
- デメリットはありますか。
取引先各社に電子署名の更新費用(1年間1万円ほど)が発生します。ただ、当社で使っている電子署名は当社との取引だけでなく官公庁の取引にも使えるので、地方の入札にも参加できるようになります。さらに大抵の場合印紙代免除や発送料が不要となるなどの削減コストのほうが大きいので、デメリットにはなりません。
今回の電子取引システムは、取引先が電子署名を1つ持っているだけで活用することができます。電子署名は簡単に電子帳票に押せる当社のシステムがあるので、取引先が電子署名押印用ソフトを購入する必要はありません。
また、タイムスタンプもシステムが毎晩自動的に押してくれるので、法的保管要件を満たす作業は人の手を介さず行うことができるようになっています。過去の取引記録が見たければシステムに検索条件を入力するだけで、過去7年間に遡ってタイムスタンプの付いた電子帳票が確認できますし、印刷もできます。
必然的にPCでの入力作業が増えてしまうとは思いますが、発送業務や請求漏れ等のヒューマンエラーが少なくなることを考えると、むしろ総作業量は減じるのではないかと考えています。このように取引先にとってメリットの大きいシステムであることを説明をすることによって、Win-Winの関係で導入を推進していきました。
- 電子取引は順調ですか。
当社でタイムスタンプを押印した取引書類は、いつでもPCで閲覧できます。社内、取引先からも利便性をだんだん理解していただき、現在では当社役務発注の7割は、電子取引に切り替わりました。
具体的にいくらコストダウンできたかという数字を明確に出すことはできませんが、印紙税だけでも数百万の節減になっているはずですから、順調と言えます。
- 不便になった点はありますか。
ほぼないと言えます。今年も取引を電子化したところは10数社増えていますし、最近は社員数名の取引先からも電子取引の申込を受けています。辞めるところは、まだ1社もありません。
- なぜ一般企業に電子取引がなかなか浸透しないとお考えですか。
電子取引そのものの知識が広まっていないこともあるでしょうが、法の施行と仕様公開に時間差があることが1つの要因のように思います。法が先に施行され、ガイドラインや、具体的解釈の通達があとになることが多いように思います。ユーザーにとって、建設業法・下請法・法人税法などの法律をクリアする方法がはっきり判らない状況では、なかなか電子取引に手を付けられないのではないでしょうか。
また、経営上層部が電子取引に対して、どこまで理解を示すかも大きな要因です。
- それでは、電子取引は今後どうなっていくとお考えですか?
今までは不明瞭な部分が多く、電子取引の導入にはリスクが大きいと考えられてきましたが、実際に法が施行され、ガイドラインもできて、企業が行うべきことが大分整理されてきました。
実際に導入してみると、その検索性や保管場所が不要などのメリットも大きいため、今後はもっと電子取引が広がっていくだろうと考えられます。
- 本日は貴重なお話をありがとうございました。
取材日時:2009年3月